映画『ジャスティス』(1979) 感想と評価

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フィルミナ(@filminaty666)です。

悪代官がヨコだと言えば、タテのものでもヨコになる。

ブチギレマッド弁護士アル・パチーノが法曹界の腐敗をぶっ叩く、血湧き肉躍る法廷劇!

予告編

映画データ

『ジャスティス』

(原題:…And Justice For All)

1979年/アメリカ
監督:ノーマン・ジュイソン
出演:アル・パチーノ/ジェフリー・タンバー他

ネタバレ感想と評価

法は誰のためにあるのか

メタリカのアルバムタイトルの由来にもなった今作。

散文的な構成なのは多くの方が指摘している通りです。

たしかにキャラ立ちした人物が多くって、それぞれに印象的なエピソードが用意されてますので、散漫に思えるのかも知れません。

しかし、法律家が法律をもてあそび、

あるいは法律にもてあそばれることで、

法律家自身や関わる人々の人生がどう変化してしまうのか。

法律 = 正義と盲信することがどれだけ危険なのか。

それを受け手が考える上で、ケーススタディが豊富なのは効果的です。

アル・パチーノだけでなく、精神崩壊した相棒の弁護士、黒人のニューハーフ、自殺癖のある判事、

誰もが主人公になり得る群像劇として観るとシックリきそうです。

「専門家に頼れば大丈夫」の危険性

とりわけ濡れ衣を着せられた青年のエピソードがツラかったなあ。

ジョン・トラボルタの『マッドシティ』を思わせる悲劇。

任意の分野のリテラシーを「素人だから」を言い訳にして身につけず、

専門家のなすがままにしていれば、

誰だっていつ彼のような災難にあって不思議じゃありません。

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カツラが意味するもの

冒頭・中盤・ラストの3か所で使われるカツラは、

法律という概念そのものの象徴に見えます。 

「カツラを外せ」は、「お前はもう法によって守られないぞ」という宣告。

またパチーノの相棒弁護士がスキンヘッドにしたのは

「法律の正義を信じられなくなった」

ことの証で、

彼が最後に気が狂ったままカツラを付けて職務に戻ったのは

「人格的に不安定な人間でも法の名の下に人を裁くことができる」

ことに対する皮肉に思えます。

プレッシャーと過労と無力感の併せ技で、だんだん心が壊れていく仕事人たち。

観ていてスコセッシの『救命士』を思い出しました。

(アル・パチーノが自殺願望のある判事と一緒にヘリに乗るシーンなんて、

疲れきったニコラス・ケイジとジョン・グッドマンが救急車で語り合うシーンみたいでしたし)

アル・パチーノといえばコレ

『ゴッドファーザー part 3』しかり『スケアクロウ』しかり、

「信じた道をひた走った結果、残ったのは絶望と虚脱感だけ!発狂余裕でした!」

という男の演技はアル・パチーノの面目躍如たるところ。

“弁護士が呆然自失”というラストシーンには、リチャード・ギアの『真実の行方』もダブります。

そしてストップモーションにデイブ・グルーシンのスコアという激シブ演出のエンディング。『コンドル』みたいでカッコいい〜。

映画を観ての教訓

自分の正義を盲信し、時間と手間を全力で投じたはいいものの、

期待が裏切られ、ボキッと心が折れる。

『日の名残り』の執事もそうでした。

一つの事にフルコミットすること自体は間違いなく美しいと思います。

しかし。

燃え尽き症候群にならないためにも、心のよりどころは複数用意したいものです。

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