映画『メッセージ』はヴォネガット?ドラえもん?ジョジョの奇妙な冒険?

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クソ長いしオール主観&ネタバレです↓

【トピック】

■ヘプタポッドは宇宙人じゃなく「ドラえもん」

■ジョジョの奇妙な冒険の「あの」スタンド能力

■『スローターハウス5』、『2001年宇宙の旅』、『ジェイコブス・ラダー』、『インターステラー』

■ルイーズは「ベルリンに舞い降りた天使」

etc

———————————————-
「人類を救えるのは人類を超越した存在だけ」

救世主待望論の発生はウン千年も
昔にさかのぼります。

旧約聖書のメシアや新約聖書のキリストは
言うまでもないとして、

・ゾロアスター教のサオシュヤント、

・ヒンドゥー教の神ヴィシュヌ、

・イスラム教のマフディー、

・弥勒菩薩

あとアンパンマン。

ことほどさように世の中たくさんの英雄がいて

「そのうち困った僕たちを助けてくれる」

と信じられている次第。

ハッキリ言ってこういう「助けて」マインドは
他力本願で全く共感できないんですが、

気候や風土などの厳しい環境下で暮らしたり、

異民族や支配者層の迫害にさらされてきた民族。

そういう人達が、自分の力じゃどうもこうも
解決できない事態を前にして

救世主の降臨を待ちわびるようになったのは
無理もないのでしょう。

(現代日本のぬるま湯で育った僕のような
甘ったれが知ったふうな事を言うべきでは
ないのかも知れませんが)

映画であればみんな大好きマッドマックスですとか、

シェーン、頑張りブタのベイブ、椿三十郎
などがメシア組のエースでしょうか。

それがSFの文脈になると

■アーサー・C・クラークとキューブリックによる
『2001年宇宙の旅』の宇宙人。

■ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』
『スローターハウス5』に登場する
トラルファマドール星人。

■ブラックホールの向こうでマシュー・マコノヒーを待っていた
『インターステラー』の人類(と目される存在)。

『未知との遭遇』の宇宙人。

などなどなど、に繋がります。

「困った時に颯爽と現れて人々を救い、去る」

という意味では宇宙人も神様も、
終末世界でインターセプターを乗り回す元警官も
変わりはしません。

今作『メッセージ』もこれらの作品の
影響が大きいのでしょう。

3次元の世界(=物質の厚みをコントロールできる)
でしか生きられない人間が、

4次元以上の世界(=時間もコントロールできちゃう)
に引き上げてもらう事で、

過去・現在・未来を同時に感じ取れるようになる。
(というか過去・現在・未来という概念さえなくなる)

という超人への進化と、

その力で過去を変える展開は『インターステラー』は勿論、

フラッシュフォワードで

“懐かしい未来”

を見る演出など含めて

ヴォネガットの『スローターハウス5』に最も近いです。
(実は映画の方は観てないんです。はやく観たい)

フラッシュフォワード(≒胡蝶の夢であることが多い)は

『ジェイコブスラダー』
『最後の誘惑』
『ステイ』

などでも使われていますが、
ロマンに溢れててドキドキするんで大好き。

僕も死ぬか生きるかギリギリの大ケガでも
やらかして、観たいですよ。走馬燈。

上記の諸作品と違う点として、
『メッセージ』の場合は時間を自在に乗り越える力を
「新言語」として表現してますね。

ヘプタポッドが舞い降りた国々は概ねどこも
言語が違う国家(じゃない?多分)。

劇中ではヘプタポッドの登場が原因で世界中が
大混乱に陥ったように見えますけども、

本当は国家どうしが潜在的に一触即発の状態で、

たまたま巨大物体の出現という未曽有の事態

に際してそれが顕在化しただけの事でしょう。

『博士の異常な愛情』や『2001年』と同じく、

いつ世界が大混乱に陥ってもおかしくなかったワケです。

国家・民族同士が抱える潜在的な不和を、
言語の不一致に代表させる。

『バベル』など旧約聖書のエピソードにもリンクする部分ですね。

そしてヘプタポッドは

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「3000年後に君たち人類の助けが必要なのだ」

と言い残して去ります。

ここで分かったんですけど、
彼らドラえもんのセワシ君ですね。

「先祖のノビ太がのらくらしてて、
あのままだと結婚できなそうだぞ。

そうなるとオレ生まれて来れねーじゃん!ヤベェ!

よし、ドラえもんを送り込んで
のび太の心根を叩き直してやれ」

これと同じで↓

「俺たちの先祖は国や民族どうしで
ケンカばっかりしてる。

このままだと人類滅亡して未来の俺たちが
生まれて来れないじゃん!ヤベェ!

よし、時を乗り越える力を授けてやれ」

つまりヘピタポッドは科学技術を高度に発展させて

4次元(時間)を操れるようになった未来の地球人の姿。

だといいな。

でも『2001年』やトラルファマドール星人
の場合は

3次元(タテ・ヨコ・高さ)の呪縛から解放された結果、

精神と声だけの姿なき存在になってましたね。

ヘプタポッドも正攻法オマージュであれば
姿なき存在として描かれるのかな?

と思いきや、フェイスハガーみたいな
風体の人物たちで驚きました。

単に映画製作者が見た目のインパクトを重視した結果?

わかんねえ。

(※ところでこの映画や『インターステラー』観て

「タイムパラドックスガー!!」

とか言い出すロマンのない人とは

みなさん早く縁を切った方がいいですよ)

あとこれ1カ月そこらでルイーズが謎を解明してくれたから良かったけど、

人類がヘプタポッド言語の謎にずっと気づかないで
かつ攻撃もしないでいたら

「じいちゃん、あの空中のデカイやつ何?」

「あれはじゃな、よう分からんが、
2000年前から空に浮いとるそうじゃ」

「すげー!」

みたく、クロノトリガーの”黒の夢”みたいに地球滅亡の時まで

空中でじ~っと頑張り続けるつもりだったのかと思うと、

それはそれで胸が躍ります。

時間移動の能力を手に入れたルイーズが、

娘が早世する事実を受け入れ、
避けられない運命に抗わない姿勢も

『スローターハウス5』と同じ。

ルイーズの娘ハンナ(HANNNAH)ちゃんの名前が
逆から読んでも同じ綴りなのは

「あらゆる時間に自由にアクセスできる私にとって、

娘は死んで過去になるのではなく、

過去でずっと生きているということ。

いつでも会えるし、娘のことを忘れない。

だから悲しまないでもいい」

という願いとか想いが込められてるんでしょう。

これは、
「虚しく死んでいった全ての人々の事を、

私がずっと忘れずにいよう。

私がその役目を引き受けよう」

という『ベルリン天使の詩』の天使と同じですね。

ルイーズは

歴史の天使であり、

ボーマン船長であり、

マコノヒーである。

the pillows “swanky street”における

「壊れてもいいんだ。僕らが全部覚えてる」

という歌詞を思い出します。

そういえば彼らは“バビロン天使の詩”
って曲も作ってますね。

しかしHANNAHという名前については、
劇中でクドクド説明しすぎなのが勿体ない!

それとなく提示して受け手に気付かせた方が楽しいし、
受け手の作品へのロイヤルティーが高まる気がする。

ホドロフスキー映画なんかと違って考えれば分かる程度だし。

まあこれは好き好きでしょうが。

冒頭とラストで同じ画面、同じ音楽が使われるのも、

娘の名前の綴りと同じで

「時間の行き来が自由」という事を表したものでしょうね。

また『スローターハウス5』では
ベトナム戦争という人間の愚行を前にした主人公は

「変えられない運命には抗わない」

のと同時に

「これがもし変えられる運命なのであれば、

諦めずに自分で未来を切り拓きたい!」

という願いも抱いています。

それが達成されるか否かは、読み手や、

当時(1969年)から見た将来の子供たちに託されて

物語は終わりました。

それが『メッセージ』では、

避けられない運命を自覚しつつも、

悲観することなく行動し、結果的にルイーズは

未来の地球を滅亡から救った。

単にヴォネガットへのオマージュというだけでなく、

肯定的なアンサーソングとして作られてることに胸が熱くなるな~。

って思いました。

それにこの

「運命論者 VS 自由意志論者」

という図式は

ジョジョの奇妙な冒険5部のラスト、

ローリングストーンとブチャラティの戦い
思い出さざるを得ないわけです。超アツい。

 
 
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