映画『ブレードランナー 2049』感想と評価

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フィルミナ(@filminaty666)です。

『ブレードランナー』のレプリカントである今作をどう観るか?

その問いは作品への評価や好き嫌い以前に、

受け手の価値基準をあぶり出すVKテストとしての意味合いを持つ。

物事を恣意的に区別すること。

特に、オリジナルとコピーという区別をつけること。

さらには、いわゆる”オリジナル”を価値基準の中心点に置いてしまうこと。

肯定的にせよ否定的にせよ、

「1作目と比べてどうこう」

その発想の立脚点を離れない限り、人間とレプリカントが身をもって示したテーマは無駄になってしまうのだ。

チワワを「チワワだから」という理由でいじめるブルドッグがいるだろうか?

「作り物だから」という理由でアイボをいじめるイヌがいるだろうか?

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でも「人種・宗教が違うから」「男だから女だから」「若いから年寄りだから」という理由で他者を冷遇する人間はそこら中にいて、

「しょせんはカバー曲だから原曲は越えられない」

などの”オリジナリティ”至上バイアスで価値判断を曇らせる人も後を絶たない。

「自分が誰かや何かのレプリカントじゃない」と言い切れる人間なんか一人もいないはずだし、

やれ人間だ、やれ模造人間だ、そんなことで人間の価値は決まらないのだ。

『第七の封印』でアントニウスがたどり着いた真理を思わせる今作の結末は、きっと誰が見ても元気が出るものだと思う。

もう一つ。

前作でルトガー・ハウアー扮するロイ・バッティが遺した言葉

「すべての思い出は時の中に消えてゆく。雨の中の涙のように」

諦念をたたえたこの遺言に対し、ドゥニ・ヴィルヌーヴは『メッセージ』で既にポジティブなアンサーを返していたのだと気付く。

「人の想いや行動は決して消えることはない。過去も現在も未来もなく、すべての時は繋がっているのだから」

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