映画『ドライブ』(2011) 感想と評価

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今回はニコラス・ウィンディング・レフン監督作品『ドライブ』(2011)の話です。

「スコセッシとデ・パルマとペキンパーを合わせてスリムクラブ式に再現」
という感覚。最高!

映画データ

『ドライブ』

(原題:Drive)

2011年/アメリカ/100分
監督:ニコラス・ウィンディング・レフン
脚本:ホセイン・アミニ
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
編集:マシュー・ニューマン
音楽:クリフ・マルティネス
出演:ライアン・ゴズリング/キャリー・マリガン/ブライアン・クランストン他

映画の感想と評価

王道的なテーマを用いながらも、
実験的な演出方法にこだわる。
そんな表現者を尊敬してやみません。

今作で初めてレフン監督を知ったのですが、観ながら思わず爆笑しました。
「ぶっとんだ方法を持ってる人がいる!」という嬉しさで。

筋書きだけ言えば

「愛と義理にかけて復讐をはたす流れ者」

という、ごくごく王道的なもの。

内容よりストーリーテリングの方法自体に集中させるため、物語自体はシンプルにする必要があったということ。

わたしが衝撃を受けたのは以下のポイントです。
観るほどにこれらが際立たせ合っているのが分かる!

バッキバキな色

バッキバキにコントラストが強調された色彩と明暗対比がクール!

隣人家族との食事中に異常なほど強烈な照明が主人公を捉えるや、
その口元に不気味なうすら笑いが浮かぶ。
あのシーンは怖さを通り越して笑うし、

ひとけのない夜道を運転する横顔にべっとり塗られる赤いネオンも不吉でサイコー。

ジェームズ・フォーリーやデヴィッド・フィンチャー作品、またはロジャー・ディーキンスやコンラッド・ホールの照明テクニックを観ている気分になります。

風呂場における『スカーフェイス』ばりに恐ろしいシーンも、わざわざスローモーションで見せつけてくるのがたまりません。

なんでも監督は色覚障害のため中間色をうまく認識できず、そのため画面づくりがバッキバキになるという。

その話を聞いて、印象派の画家ルノワールを思い出しました。

彼は極度の近眼に関わらず、いつもメガネをかけずに絵を描いていました。
それにより輪郭がぼやけた夢見ごこちなあの画風が確立されたというのです。

ハンデを逆手にとって独自の価値に昇華する。

作品そのものは勿論ですが、そうやって生命を輝かせてる人ってホントにカッコイイです。

音楽

80年代ふうのシンセポップと不穏なアンビエントがドリームポップファンの心もがっちりキャッチ!ソダーバーグ作品でおなじみのクリフ・マルティネスによる仕事。

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ミスマッチを狙ったBGM選びはスコセッシやタランティーノが著名ですが、
今作のハードボイルドな話にドリーミーなBGMという組み合わせも新鮮でツボでした。

青春ホラー『イット・フォローズ』に不気味なチップチューンが使われていたのと近い感覚を覚えます。

意外性/ギャップは消費者心理の面でも重要なので、マーケティングの観点から観ても参考になります。

編集

カット数を最低限に抑えた上で、定点カメラで静的な画をじっっっくり見せる。
お笑いコンビのスリムクラブ感を覚えたのはここです。

特にラスト付近のゴズリング横顔アップ静止画は、初見なら誰しも「えっ。。。!?」と当惑すること必至。

個人的に好きだったシーンは、キャリー・マリガン演じる人妻がパートしてる飲食店で、ゴズリングが微動だにせずじ~~~~~~~~~っと虚空を眺めながら座って彼女を待つシーン。

得体のしれない不気味さが、まるでグレゴリー・クリュードソンやエドワード・ホッパーの冷たい画を観ている気分。

娯楽が持つ要素のうち「速くて分かりやすい」ことに需要が集中する現代。

『ボーン・アルティメイタム』(2007)の性急この上ない編集がアカデミー編集賞を取ったことが特に印象深く、象徴的な出来事として記憶に残っています。

猛スピード編集の原点は『ロボコップ』などでしょうか。

そしてさらに時が経ち、ソシャゲやSNSの普及によって人々はますますインスタントに、そして安価に脳の報酬系を満足させるようになりました。

「速い!安い!うまい!」

70億総”吉野家”時代の到来です。

そんな潮流の中、あえて写真を思わせる静的な編集を用いて、かつ商業的な成功まで収めてしまった監督の手腕に快哉を叫びたくなるのです。

記名性の高い演出

今作の次に『オンリー・ゴッド』を観て、レフン監督の画づくりにおける特異性・作家性の高さにいっそう惚れ込みました。

・完全に無表情でいっさい動かない、マネキンと化したモブ
・アルジェントにも似た、原色を過剰に強調するカラーコーディネイト
・冷徹で無表情、かつ目的遂行の為に残虐な手段をいとわないサイコパスじみた人物
・周囲の徹底した「静」に対し、偏執的なまでに過激なバイオレンスの「動」

わき目も振らず表現主義の道を突き進む姿は、観ていて痛快としか言うようがないです。
ホドロフスキーと懇意というのも非常に納得。

映画どんどん作ってくれ=!!

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