映画『グッドナイト・アンド・グッドラック』(2005) 感想と評価

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共産主義の魔の手から自由と民主主義を守る!

そんな大義のもと少数派の意見が「疑わしい」「気に入らない」だけの理由で弾圧された、息苦しい暗黒時代。

これ、ロベスピエールの恐怖政治とかではなく、つい何十年か前のアメリカに起きた話。

こんな国家に誰がした!?

映画データ

『グッドナイト&グッドラック』

(原題:Good Night, and Good Luck.)

2005年/アメリカ/93分
監督:ジョージ・クルーニー
脚本:ジョージ・クルーニー/グラント・ヘスロヴ
撮影
:ロバート・エルスウィット
編集:スティーブン・ミリオン
出演:デヴィッド・ストラザーン/ジョージ・クルーニー/ロバート・ダウニーJr他

予告編

感想と評価

舞台は1950年代、冷戦真っ最中のアメリカ。

保守的な空気に包まれた社会の中で、マッカーシー上院議員による赤狩りに立ち向かったキャスターとテレビ局員たちの戦いを描いた社会派ドラマです。

マッカーシズムを扱って全体主義への批判を描いた映画は『トランボ』『真実の瞬間』などがありますね。

この作品では権力の暴力を批判するだけでなく、その現状を招いたのは他でもない国民自身だと戒めたところにより大きな意義があります。

それを主張するためにジョージ・クルーニーと脚本家グラント・ヘスロブは、シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』から一節を引用しました。

観客と真っ直ぐ目を合わせて訥々と語るエド・マロー。

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「この事態は運命の星が決めたのではない。われわれ自身が招いた結果だ。」

同じくクルーニーとヘスロブによる『スーパーチューズデー』でもこの台詞は引用されました。

無思考、現実逃避、反知性主義が回り回って自分たちの首を絞めるというテーマは、社会に生きる誰もが直面すべき本質論。

そして市場原理ばかりを追い求め、スポンサーと株主の顔色を伺うだけという状態に堕した「ジャーナリズム」への批判も語られます。

その点は、劇中で何度か企業のCMがまるまる映し出される演出に顕著ですね。

映画の中で皮肉を込めてCMを流す演出は『チャイナ・シンドローム』などでも効果的に使われてました。

タバコを市場社会、消費社会の象徴として全編にわたって登場させるのも意図的なものでしょう。

しかめっ面の男たちがもくもく煙を立ち上らせるモノクロ映像が続くんで、ドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』を思い出しちゃいます。

(↑私物レコード)

ポール・トーマス・アンダーソン監督作品でおなじみロバート・エルスウィットによる上品で流麗なカメラワークも良いです。

テレビ局内を歩く人々をステディカムで追うカンジに『マグノリア』を思い出します。

50年代に生きるアメリカ人のリアルな姿を切り取ったカメラマン、ロバート・フランクをどことなく思わせる構図も見どころ。

その映像と、随所に挟まれるゆったりしたジャズボーカルの相性がまたバッチリで。

それがテーマの重さと対比的に際立たせ合っているところにも、クルーニーの演出力の高さが現れてます。

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