映画『イット・フォローズ』(2015) 感想と評価

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われわれはみんな「運命の奴隷」なんだよ

それがぼくの能力────

『ローリング・ストーンズ』の意味なんだ

ー『ジョジョの奇妙な冒険 第5部』よりー

予告編

映画データ

『イット・フォローズ』

(原題:It Follows)

2015年/アメリカ/100分
監督/脚本:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
音楽:ディザスターピース
出演:マイカ・モンロー

あらすじ

閑静な住宅街に暮らす19歳の女の子、ジェイ。新しいカレシとラブラブデートのあとで、初めて愛のちぎりを交わす。

しかし、ことが終わった途端にカレシが豹変。

クロロホルムを嗅がされ気絶したジェイが目覚めると、そこは見知らぬ廃墟のビル。

しかも車椅子に縛り付けられて身動きが取れない!

パニックに陥るジェイにカレシはこう言う。

「さっきの交わりで、オレに憑いていた悪霊みたいやつ(IT)を君に移した。ヤツは君を殺すまで、どこまでも追いかけ続ける」

「でも安心しろ、頭はいいがヤツの動きは鈍い。いいか、死にたくなければ君も早めに別の男と寝るんだ。もし君がやられたら、ヤツはまたオレに戻ってくるんだ。。!」

幽霊か、妖怪か、はたまた別の存在か。

変幻自在に姿を変え、ゆっくり近づく逃れられない運命に、彼らはどう決着をつけるのか!

感想と評価

映像や音楽について

テーマの話が長くなるのでこちらから。この映画の映像、わたし大好きなんですよ。

“It”が画面いっぱいにクローズアップされるシーンがショッキングなんですが、より特筆すべきは遠巻きに”it”を捉える構図です。

99.9%何でもない日常的な風景の中に、0.1%の異界が忍び込む心地よい違和感。

それが映像面での最たる見どころ。

禅、侘び茶、江戸の文人画などにも通じる引き算の美学を感じますね~。

監督と撮影監督がファンだというGregory Crewdsonの写真作品やエドワード・ホッパーの絵画にも通じる、“薄気味わるい郊外”のムードも良いです。

チップチューンアーティストDisasterpieceによる80’sチックなスコアも素晴らしい。

ニコラス・ウィンディング・レフン監督の映画と似た音楽センスです。

恐怖音楽としてのシンセポップの可能性が見えました。

テーマについて

まったく正体不明、かつ単体でにじり寄ってくる不吉な”何か”。

どことなく日本的な、静かでジメジメした薄気味悪さです。ブルル。。!

ノロノロ歩く不吉な人型という点はジョージ・A・ロメロの影響だろうけど、ゾンビと違い、それは取り憑かれた経験のある人間以外には見えないし、必ず単体で登場します。

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ドストエフスキー『白痴』を読む女の子のセリフにヒントがあるように、”It”は素速く襲ってくるわけではないけど、確実に、確実に、確実に!!わたし達の息の根を止めに来ます。

いわば死そのもの。

その人の生や死はその人にしか分からない。

だからこそ”It”は一人につき必ず一体だけ存在するんですね。

形而上の概念/自然現象を形にしたものなので、“物の怪”というのが近いかも知れません。

また、科学の発達していなかった時代、人々は原因不明の自然災害を

「人の目には見えないれた存在のしわざ」

という意味で“隠”(オン)と呼んでいました。

そのうちそれが転じて“鬼”(オニ)になったと言われます。

決して逃れられない運命なので、文字通りスティーブン・キングの『It』と同じですね。

死そのものか、登場人物たちの心を悩ませ続ける過去か、という違いだけ。

だとすれば今作の”It”は

『T2 トレインスポッティング』のベグビーであり、

『ノーカントリー』のシガーであり、

『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』のめんま

でもあるわけですね。

そして”It”の存在を通して全編で描かれるのが、「あちら側とこちら側」の対比。

  • 郊外と都市の境目
  • 大人と子供の境目
  • 日常と非日常の境目

など、ジェイたちは境界を越えるか越えないかギリギリの地点に何度も立たされます。

それが監督の作家性で、今作では生と死の対比がとりわけ強調されます。

青春期が終わり、逃れられない運命 = 命の終わりと対峙し続ける必要に気付いたジェイ。

気づくことで彼女は大人に一歩近づきました。

「すべての存在は終わりがあるからこそ美しい」という事を自覚した瞬間でもあります。

子供から大人になるスレスレの時期に生きる少年少女たち。

彼らがいつかは失っていく青春の美しさを、監督は前作『アメリカン・スリープオーバー』でも詩的にみずみずしく描いています。

そして『卒業』(1967)を意識したであろうラストシーンの意味は、絶望ではなく希望

彼と彼女の固く結ばれた表情には、

「僕たちは今日から独り立ちして、残酷で明るい未来に立ち向かうんだ!」

という決意がうかがえます。

このように、価値A(絶望)と価値B(希望)が入れ替わるスレスレの地点に浮かび上がる美学を、かつて九鬼周造は“粋”と呼んだのでした。

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