映画『ロレンツォのオイル』あらすじ感想と民間療法の是非

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息子の病気を治すために奮闘する夫婦の生き様を、『マッド・マックス』のジョージ・ミラーが熱く熱く描いた感動作!

単に「泣ける映画」では済まされない、深いテーマが語られます。

どんな逆境にもへこたれず、戦い、戦い、戦い続ける人間への讃歌!

予告編

『ロレンツォのオイル/命の詩』(1992)

(原題:Lorenzo’s Oil)

監督/脚本:ジョージ・ミラー
出演:ニック・ノルティ/スーザン・サランドン

あらすじ

世界銀行に勤める父と優しい母、そして元気で賢い一人息子のロレンツォ。

オドーネ一家は幸せを絵に描いたような家族だった。

しかし、一人息子ロレンツォの様子がある時期からおかしくなり始める。

学校で突然カンシャクを起こし、足がもつれてうまく歩けなくなり、大きな声で呼びかけても耳が聞こえづらくなった。

医師はロレンツォに「不治の難病ALDである」との診断を下した。

さらにオドーネ夫妻は「ALDにかかった子供の平均余命は2年」という絶望的な事実まで告げられる。

一向に治療法は見つからず、ALD研究の権威でさえ匙を投げ始める有様だ。

しかし、オドーネ夫妻は絶望しなかった。

自力で治療法を探そうと決意したのだ。

ほとんど眠らずに医学、生理学、神経学などを学び、独自の治療法を模索する夫妻。

医者や科学者、

同じ病気の子を持つ親たちが集まる支援団体、

家族や自宅介護の看護師

周囲の人間から次々と見放されながらも、諦めずに戦い続けたオドーネ夫妻。

二人の戦いの最後には何が待っているのか??

ALD(副腎白質ジストロフィー)という病気

私たちが生きるための脳の仕組み

人間の脳に1000億個ほど存在する神経細胞ニューロン(およびグリア細胞)は、私たちの思考・行動のすべてを司どっています。

・複雑で論理的な思考をする、

・感情を制御する

・呼吸をする、

・血圧を一定に保つ

・唾液を飲みこむ

普通に生きていると当たり前に思えることも、ニューロンが正常に働くことで初めて可能になるのです。

ALDの原因

ALDはこのニューロンがどんどん壊れていき、最終的に生命維持機能までも失われてしまう恐ろしい病気。

一体どういう原因で起きる病気なのでしょう?

それぞれのニューロンからは“軸索”という線が伸びており、別のニューロンに情報を送る役割を果たします。

また、軸索を覆うミエリンと呼ばれるサヤ状の細胞が、外部刺激からニューロンを守っています。

しかし、ALDの患者はある種の脂肪酸がミエリンに蓄積してしまう。

その脂肪酸がニューロンの防護壁であるミエリンを破壊するため、それに伴いニューロンも壊れていくのです。

ニューロンが破壊されると、人間はどうなってしまうのでしょう?

ALDの症状

脳には部位ごとに様々な役割があります。

視覚にかかわる後頭葉

味覚や聴覚に関わる側頭葉

論理的思考にかかわる前頭葉

などなど。

ALDの症状でニューロン間の情報伝達ができなくなると、それら脳の機能は停止していきます。

そして生命維持にかかわる大脳辺縁系、および脳幹や小脳にもミエリンの破壊が及び、今作のロレンツォ君は寝たきりの状態にまで陥ってしまいました。

ALDを扱うことで、ジョージ・ミラー監督は何を伝えたかったのでしょう?

映画のテーマ

①難病、そして権威との戦い

冒頭で”スワヒリ戦士の歌”が提示されます。

“戦いこそが人生だ

勝つか負けるかは神のご意思次第

戦いに祝福を!”

オドーネ夫妻は劇中において数々の敵と戦い、数えきれないくらいの挫折を重ね、そのたびにガッツをふり絞って一心不乱に戦います。

敵は息子の病を加速させる脂肪酸に限りません。

「権威である我々にも治せないのに素人が治せるはずがない」

または

「権威でも治せないのに私たちのような素人が口をはさむべきでない」

という、権威主義や常識といった巨大な力が、夫妻の戦いを妨害します。

周囲の人々の「どうせムリ」「できるわけがない」という思考停止、絶望と諦めもまた、夫妻の敵なのです。

ここにはまた、化学者や化学研究所の

「マイナーかつ難しい病気のために資金や労力を投じてもリターンが見込めない

という経済的な事情も混じります。

向かうところ敵だらけ。。

しかし周囲から何と言われようが、見放されようが、夫妻は決して諦めません。

ただひたすらに、

「学習 ⇒ 実践 ⇒ 失敗 ⇒ 検証 ⇒ 仮説」

このループを大量に!大量に!大量に!繰り返し続けるのです。

どんな困難な事態にもひるまず、ウォータンクで荒野を突き進む。

オドーネ夫妻は『怒りのデスロード』におけるフュリオサ大隊長とマックスそのものじゃないでしょうか。

②最大の敵は悪意でなく善意

この映画に「敵」は登場しますが、「悪」は一人も登場しません。

「正義VS悪」の単純な二元論で済まないのが深いですね。

「親として子供の病気とどう向き合うか」

ALDの子供を持つ親たちで組織される支援団体。

その会長夫妻とオドーネ夫妻は激しく対立します。

オドーネ夫妻が最初に考案したオレイン酸による治療は、あくまで庶民による実験に過ぎません。

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国の認可が下りておらず、専門家による正式な臨床試験もまだ。

それに「効果が不十分だ」という事も後に明らかになります。

とはいえ、完璧でなくともALDの進行をある程度おさえる事はできる。

オドーネ夫妻は支援団体の会長に

「他の会員たちにもオレイン酸の有効性を知らせてほしい」

と相談しました。

しかし。夫妻は猛反発を食らいます。

会長はこう主張するのです↓

「この団体には、ALDに精通した医師たちがアドバイザーとしてついてるんだぞ?

専門的な知識のない我々は、彼らの言うとおりにするのがベストなんだ!」

「君たちのような素人が治療法を考えるだなんて、傲慢としか言うようがないね!」

それに対してオドーネ氏はこう答えます↓

「傲慢ですか。英語だとアロガンス。

これはラテン語の”アロガーレ”から来てる。

これは元々“自分の権利を主張する”という意味ですよ?」

「私も子供を助けるために権利を主張している。

相手が医者だろうと、支援団体だろうと、研究者だろうと、私が私の息子の命を救う権利は誰にも邪魔させない!!!」

「医者は権威だからって理由で、あなた方は黙って言いなりになるのか!?医者は神様じゃないんだぞ!私には我慢できないね!」

ム~、、両者とも正論。。

会長はさらにこう続けます↓

「私たちだって長男が発病した時、死にもの狂いで調べたさ、でも無駄だったんだ。。!

「せめてもの慰めは、すぐに息を引き取ったことさ。。!

次男は発症して3年たつが、2年間は意識もない、寝たきりの植物人間だ。人間らしいものは全て失ってしまった」

「一番いい解決法は、子供の苦しみや不名誉な人生を長引かせないよう、そっとしておくことなんだ。。!」

そして会長の奥さんがこう呟きます。

「・・・あなたたち、息子さんが、”もう生きたがってないんじゃないか”って、考えたことある・・・?」

どちらの親たちも、子供が抱える症状の凄絶さを十二分に理解したうえで、心底から子供の事を思っている。

みんな「善意の人」であることには変わりありません。

しかし、

善意にもとづく選択は最適な選択となのか?

善意は絶望におちいる事を正当化できるのか?

それはまた別の話。

※権威に対して反逆する物語を観ていると勇気が湧いてきます。

特にアニメ『宇宙よりも遠い場所』には、ここ数年で最も元気を分けてもらいました。

記事も是非ご覧ください↓

「研究者として病気とどう向き合うか」

オドーネ夫妻はALD研究の第一人者である科学者ニコライス教授の研究に協力し、彼からアドバイスを受け、関係を深めます。

しかし。一人の親として考えるオドーネ夫妻と、一人の研究者として考える教授の意見はしばしば対立することになります。

教授「医学というのは論理的なものでは無い。数学的な確かさというものはないんだ」

「あなた方は自分の子供の責任だけ取れば済むが、私には病気で苦しむすべての子供を救う責任があるんだ」

「だから、我々は病気で苦しむ人に対しても、ときに無情に接する必要があるのだよ」

ニコライス教授の立場はとても難しい。

ひとりの患者に短期的な効果が表れたからと言って、他の患者に長期的に効果がある治療法とは限らない。

思わぬ副作用で逆に苦しむ人が増える可能性だってある。

だからこそ。新しい治療法を認可するには、実験を繰り返し、安全性を確かめる必要がある。

正論に違いありません。しかし。ロレンツォ君の病気は進行が早く、悠長なことは言ってられない状況。

「どっちが正しい、どっちが間違ってる」で済む問題じゃないですね。

人物それぞれが善意のもとに行動し、それぞれの正義をぶつけ合い、戦いが起きる。この映画に限った話ではありません。

この展開にリドリー・スコット監督の『オデッセイ』を思い出しました。

火星に置き去りにされたマット・デイモンを救出するため、各分野のスペシャリストが知恵と技術を出し合う物語です。

「みんな同じ目標を本気で目指しているからこそ、意見が食い違ったときに本気で衝突し合う」

そこが今作ともよく似ています。

③セレンディピティ

オドーネ夫人が図書館にこもり、病気の研究に励んでいたところ、ALDと直接は関係のない資料から、ALDの治療に役立つヒントを見つけました。

大量に行動を重ねる中で、自然に自分のアンテナが研ぎ澄まされ、一見すると関係なさそうな情報からも価値を発見できる。

まさにセレンディピティのなせる業で胸が高まりました。

さらに、この出来事からオドーネ夫人は気づきます。

「専門家たちはバラバラに研究している。

だから本人たちも気づかないけれど、

1つの問題を解決するためのピースを、

それぞれが持ってるのよ」

オドーネ夫妻はこの後、資金的な問題やALDへの注意喚起などの、たくさんの研究者たちを集めてシンポジウムを開催します。

そして権威たちを相手にしても、臆することなくコミュニケーションを重ね、一つ目の治療法を見つけるに至るのです。

『ロレンツォのオイル』を実生活にいかす

泥くさく大量に考え、実践し、検証し、仮説を立て、また実践する。

そして分からないことがあれば素直に他者へ協力をあおぐ。

どれだけ周囲から否定されても、絶対に信念を曲げず、諦めない。

たとえ本人が成果を上げられなくても、その姿は他者の考えや行動に影響を与え、影響を受けた人が成果を出すことだってあり得ます。

くじけそうになった時はオドーネ夫妻のことを思い出そう!

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