映画『エンド・オブ・ザ・ワールド』(2012) 感想と評価

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巨大隕石の激突により、地球滅亡が確定。

残りわずかな時間を愛しさと切なさと心強さで生き抜く二人の男女は、愛する人たちに会うため旅に出る。

私たちが生きる理由とは何なのか??

実存主義的な問いかけが心を打つ、終末世界ディサスター・ラブロマンス!

予告編

映画データ

『エンド・オブ・ザ・ワールド』

(原題:SEEKING A FRIEND FOR THE END OF THE WORLD)
2012年/アメリカ/101分
監督/脚本:ローリーン・スカファリア
出演:スティーブ・カレル、キーラ・ナイトレイ他
製作:スティーヴ・ゴリン他
撮影監督:ティム・オアー
編集:ゼン・ベイカー

あらすじ

小惑星が地球に激突し、生きとし生けるものみな雲散する事が確定した。
地球の余命、3週間。

自暴自棄になった人々は暴徒と化し、ニューヨークの街は秩序を失う。

そんな中、街の片隅で運命の出会いを果たした男女がいた。

人生に生きがいを見出せない無気力な中年ドッジ。
そしてドッジの隣人で明朗快活な楽観主義者ペニー。

二人はある出来事をきっかけに、それぞれの大切な人を探すため共に旅に出る。

絶望する者、
享楽におぼれる者、
地球滅亡に備えて立派なシェルターで筋トレにはげむ者。

さまざまな人生の終わりを見届けながら、二人は互いの気持ちに気付いていく。

そして彼らが最後にたどりついた相手とは・・・!

それではみなさん、さようなら!!

映画のテーマ

小惑星が持つ意味

小惑星の衝突という逃れようのない絶望状況。

その中で残り少ない人生を送る人々の姿を描いた作品といえば『メランコリア』『ノウイング』などがありますね。

終末的世界観は、中2心を引きずったまま大人になった私にとっては蜜でしてね。

今作における小惑星はどういう意味があったのでしょう?

法と秩序が保たれた世界では、人間の本性はなかなか表に現れる機会がありません。

それに平穏にせよ忙しいにせよ、普通に生活できていると自分の価値基準を深く見つめ直す機会ってそうそう設けません。

「自己分析なんて就職活動の時にしかやってないよ~」

って人が多数派です。

当たり前の日常の中では気づかない大事な事柄を見つめ直すための、いわば受け手の内省を促す道具として

「~日以内にかならずおっ死ぬ!!」

という極限状態を設定したのかなと思います。

(ハイデガー哲学の影響があったりして?)

というのも、二人の世界だけに重点が置かれた物語ではないからです。

誰に焦点が当てられているのでしょう?

「あなたならどう過ごす?」

世界の終わりに直面した人々がどう考え過ごすかが、たくさんの具体事例で示されます。

前半はコメディタッチに。

後半はおセンチに。

「もうすぐ死ぬって分かったら誰も働かないでしょ、ニート万歳」

なんて思ってましたが、今作には「もうすぐ地球も自分も終わり」と分かるや否や、逆にモーレツに仕事熱心になるポリスマンが現れます。

働くことで現実を直視する恐怖から逃れたい、という心理が働くんでしょうかね~。

そして信仰に目覚めて洗礼を受ける人々の列。このシーンも印象的でした。

昔々、人類が立派な前頭葉を手に入れたくらいから、脳は

「神様を作る機能」

を持ち始めたようです。

たとえば紀元前ウン千年頃。メソポタミア文明を支えたシュメール人たちは、来る日も来る日も続く苛烈な農作業に耐えるため、こう考えていたとも言われます。

「神の仕事を我々が代行している」

「神に頼まれたことなら仕方ない」

なるほど~、そう考えてれば少しは気持ちがラクになれそうですね。

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また、自我があるおかげで人間は人間らしくいられますが、自我があるおかげで「自分が消える」ことに対する恐怖もひと一倍。いや生きもの一倍強いというのも事実。

神様に自分の存在意義を託し、強い精神的ストレスから心を守る。

そう考えると宗教って合理的な発想のもとに成り立ってますね。

鬱映画と評判の『ミスト』でも、極限状態で人々が信仰に目覚めるシーンがありましたね。

怖い映画だったなあ。。

脱線しました。

極限状態におけるたくさんの人物と、それぞれの生き方の提示。ここには

「彼らはこうしたけど、あなたならどう過ごす?」

と暗に問いかける意味があったのだと思います。

焦点を当てられていたのは映画を観る私たち自身だった!

人物設定

『エターナルサンシャイン』を手掛けたスティーブ・ゴリンがプロデューサーだからか、キャスティングの判断基準が似ています。

ふだん喜劇を演じる俳優がもの静かで人生につかれた男の役を演じ、ふだんマジメな役が多い女優が、奔放で快活な女性の役を演じる。

今作と同じく、『エターナルサンシャイン』のジム・キャリーとケイト・ウィンスレットの配役がまさにそうでしたね。

音楽

レコード

ペニーは暴徒たちの襲来から逃れるために着の身着のまま家を飛び出しますが、 大好きなレコードたちだけは肌身離さず持ち続けるという根っからの音楽好き。

連れていけないレコードに 「Goodbye! My Friends!」 と声をかけてあげるのも印象的でした。

「レコード好きなの。重くて持ち運びは不便だし、大事に扱わないとすぐ割れちゃうけど」

「だからこそ愛着が湧くのよ」

レコードも人間関係も、壊れやすいから大事にするし、その中で愛情が生まれるモンですね。

本当にこんな女の子がいたら一緒にレコード漁りしたいです。

世界の終わりはレコ屋にいたいですわたし。

監督の選曲センス

カーラジオのナレーション

「地球はもうダメです。リスナーの皆さん終末の時まで素敵な音楽と過ごしましょう」

からのThe Beach Boys “素敵じゃないか”というシニカルすぎる演出に冒頭から笑った!

その後も監督の選曲センスが光ります。

音楽に人物の心情を語らせるという『卒業』手法も何度か用いられますが、中でも

ホリーズ “the air that I breath”

ハーブ・アルパートの”this guy’s in love whith you”

は曲自体が持つ力が強くてほんと沁みます。

あまりに良い曲なので観たあとすぐ買っちゃいました↓

キーラ・ナイトレイは裏ジャケを前にして持ってますね。

ちなみにRadiohead “Creep”はホリーズから

「俺たちの曲のパクリだ!」

と訴訟を起こされたのですが、 パクリ元として騒動になったのがこの”the air that I breath” でした。

序盤のパーティーシーンで「レディオヘッドかけて!」と声が上がるのはその伏線か??

最後に

いろいろ書きましたが、何よりも

「誰もが必ず死んでしまう。その運命からは逃れられないけれど、愛こそが絶望に立ち向かい、強く生きるための力になるのだ!」

という『It Follows』(2014)と同じメッセージが込められているのだと思います。

終わりの瞬間を描きながらもポジティブな余韻を残す作品なので、『メランコリア』で精神ズタズタにされた人もこれなら大丈夫!

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