映画『見えない恐怖』(1971) 感想と評価

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名匠リチャード・フライシャー監督「シリアルキラー三部作」トリを務める今作。

『暗くなるまで待って』くれないサイコ野郎の残虐行為で一家全滅さぁ大変。

主人公サラ(ミア・ファロー)は乗馬が上手な美女、しかし盲目で戦闘力はゼロ。

運よく生きのびた彼女にも魔の手が迫ろうとしていた。。。

予告編

映画データ

『見えない恐怖』

(原題:See No Evil)

1971/イギリス/89分
監督:リチャード・フライシャー
脚本:ブライアン・クレメンス
撮影:ジェリー・フィッシャー
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ミア・ファロー他

映画の感想と評価

“See No Evil”ってなんだ? 

1960年前半にボストンを震撼させた凶悪犯を描いた『絞殺魔』(1968)

1949年のイギリスで好々爺を装いつつ婦女子への凶行を繰り返したジジイを描いた『10番外の殺人』(1970)
それに続くのが今作『見えない恐怖』ですね。

原題の”See No Evil”は

「見ざる、聞かざる、言わざる」

に当たる英語のことわざ、

“See No Evil, Speak No Evil, Hear No Evil.”

から。
TELEVISIONの曲名にあったり、同名の別映画も作られたりしてます。
“Speak No Evil”はウェイン・ショーターのアルバムを思い出すなあ。

ヒロインがお金持ち = 映画を作る上での必然

エンターテイメント作品としては3部作でカンペキ一頭地抜けてます。

サスペンス、ミステリーとして優れているのは勿論のこと、
カラフルな画面やバーンスタインの優雅な音楽、薄幸美女がヒドイ目に合うという危ないフェチズムも魅力的。

ギラついた目でハァハァいいつつ婦人を手にかけるジジィ(『10番街の殺人』)も出ないし、少女、老婆、お構いなしに凶行を繰り返す二重人格サイコ野郎(『絞殺魔』)も出ません。

形式としては『ファニーゲーム』に代表される”ホームインベイジョン”もので、とりわけこのジャンルの場合“お金持ち”って設定に説得力があるのが好きなんですよ。

被害者たちがハイソな暮らしをするブルジョワ家族だからこそ、事件の理不尽さや残虐性が際立つのが一つ。

もう一つは、お金持ちだからデカイ家に住めるという必然性が生じること。
デカイ家って画ヅラ的に楽しいです単純に。
広いから内装の情報量が豊富で、人物の移動にも自由がきいてアクション性も高められる。

今作だと真っ赤なカベ、真っ赤なじゅうたん、ミア・ファローの真っ赤な衣装などなど、
観てるだけで自脳の視覚野が喜んでるのが分かります。

誰なんだお前は!?「★ ★ です」

敵の得体の知れなさも見どころ。

スピルバーグの『激突!』同様、「★」マークがとっぽいブーツの足元以外は犯人の姿が映らない。それに一言も喋らない。
しかも犯行の動機が「この家族むかつくわ~~」程度で大義も何もあったもんじゃない。
そんな危ない奴が自分の家に忍び込んどるんですよ、知らん間に。怖すぎるでしょ。

どんなに緊張する怖いシーンが続いても

「自分は傍観者」

という絶対的な安心感がその先に待っている。

サスペンスやホラーを観て楽しめる理由は色々ありますが、ひとつにはソレです。

いったん恐怖や不安でマイナスに振れた感情が、
観客というポジションを自覚したり、ゆるみ展開が挟まることでゼロ地点に戻る。
それを脳みそが快感と錯覚する。
だから人はサスペンスを求める。

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それがホームインベイジョン映画の場合、

「自宅すなわち世界でいちばん安全な場所」

という安心感さえ揺るがされるのがタチ悪い(褒め言葉)!

あまつさえ今作や『クリーピー』『ヒメアノ~ル』など、完全無差別で凶行に及ぶ連中もいると思うとオチオチ寝てられやしない。

侵入者が『ホーム・アローン』のジョー・ペシみたいにマヌケな盗賊ばかりだったら安心なのにね~。

ひどい目に合うほど綺麗なミア・ファロー

しかしそれだけ、恐ろしい目に合うミア・ファローの演技が活きてます。
もともとほっそり色白で、いかにも幸の薄そうな美人ですから、とばっちりで災難に合う役が非常にハマるんですよね。

監督もついイジめたくなっちゃったんでしょうか。

シリアルキラーに狙わせるだけじゃなく、
狭い小屋に閉じ込めたり、
泥沼を這いずり回らせたり、
『サイコ』よろしく風呂場で暴行を受けたり、
地味にガラスの破片を踏んでケガさせたり。

あんな足で泥んこの上を走り回るもんだから破傷風にならんかずっと心配でした。

『ローズマリーの赤ちゃん』でも疑心暗鬼でどんどん精神すり減らしていく演技がハマりまくってましたが、今作でのSAN値の削られ具合も秀逸です

『ローズマリー』といえば、ポランスキー監督の奥さんのシャロン・テートも同じような状況で残忍な犯行に見舞われたわけですから、身の毛がよだちますね。

音楽はこうやって使うんだ

緊張と緩和を音のギャップで際立たせ合う。ここにも演出が光ります。

事件と離れた平穏なシーンでは、エルマー・バーンスタインによる優雅なフルートとストリングスの調べに、観ながらウットリ全開です。

特に、枯れ葉の舞う森をミア・ファローと彼氏が馬で駆け抜けるシーンなんかため息が漏れるほど美しいです。
『ヘンリー&ジューン』でドビュッシーをバックに森を自転車で駆け抜ける男女たちのシーンを思い出しましたね~。

それに対して

クライマックスでは、一切無音!

被害にあった家族たちが初めて画面に映るシーンでも、
ヒロインがグワーッ!と襲われるシーンでも、
「そ~りゃ怖いぞ!」というイカニモなBGMは全く鳴らない。

聞こえるのはミア・ファローの高く引きつった悲鳴のみ。断っ然コワイですね、この方が。

『反撥』の妄想シーンなどと同じ種類の不気味さ、怖さを感じます。

「見てるからな」

カメラワークの重厚感も素晴らしい。徹底的にローアングルを強調しており、原則として人物の目線より上から撮られることがない。
かつファローを遠巻きに撮ることで「付け狙われてる」感も演出されます。
対象物のアップと引きをギュギュオ!とハイスピードで行う手法も緊張感が高まるなあ。

細かい部分だと乗馬が趣味の彼氏がちゃんと馬顔なのがいいよね。ぜったい狙ってキャスティングしてるよコレ!

あとは、ミア・ファローが靴とくつ下を脱ぐシーンが多くてドキドキしました。

それから序盤で登場したジプシーについての
「厄介な奴らです」「害はないわよ」「益もないですよ」
という短いやり取りに、後半のミスリード演出が暗示されてるのが小粋。

というわけで『見えない恐怖』のレビューでした。ありがとうございました。

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