映画『T2 トレインスポッティング』(2017) 感想と評価

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前作のテンションを期待して観たら、2時間たっぷり映画から叱られてしまった。

「いつまで20年前に取り残されてんだ?」

過去に縛られた全ての人々へ!

予告編

映画データ

『T2 トレインスポッティング』

(原題:T2 Trainspotting)

2017年/イギリス/117分
監督:ダニー・ボイル
脚本:ジョン・ホッジ
原作:アーヴィン・ウェルシュ
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
出演:ユアン・マクレガー/ユエン・ブレムナー/ジョニー・リー・ミラー/ロバート・カーライル他 

映画の感想と評価

前作『トレインスポッティング』はどんな映画?

スコットランドの首都エジンバラに住む5人の若者たち。

不景気の煽りで誰もろくに働かず、うす汚いアパートに集まっては楽しい注射を打つ毎日だ。

どん底の若者たちによる奇行と蛮行の日常。

原作者アーヴィン・ウェルシュによる半自伝的な小説を、新進気鋭の監督ダニー・ボイルがスタイリッシュな映像と音楽で描き、一世を風靡したのが『トレインスポッティング』(1996)だった。

一部の鉄道オタクたちは、通り過ぎる電車を見ただけで

「あれは〇〇という型の電車!」

と当てる特技を持つという。それが”トレインスポッティング”。

楽しそうだけど何の実にもならない営みであるため、そこから

「電車あてゲームをするように無意味な日々」

を表すスラングに転じ、それがタイトルとなった。

作品のテーマは “choose life!”(人生を選べ)

変わりばえのない日々に嫌気がさした主人公のレントンは思う。

「生産性のない毎日から抜け出し、明るい未来を掴みたい!」

そのためには、まず今付き合っている悪友たちと縁を切らねばならない。

映画の最後でレントンは悪友たちと共謀し、危険だが大きな取引に成功する。

そしてレントンは手にいれた大金を仲間たちと分けずにコッソリ持ち逃げ。

自分を待つ輝かしい未来をアレコレ想像しながら、晴れやかな表情で街を後にした。

『トレイン・スポッティング』はここで幕を閉じる。

その後レントンが果たして本当に「choose life」出来たのか、それは観客の想像に任される運びとなった。

そして、それから20年ぶりに作られた続編が今作『T2』(2017)だ。

描かれるのは、前作でクズ同然の生活をしていたキャラたちの20年後。

しかも同じ製作陣、同じキャストという話題性に、世界中のファンが歓喜の声を上げた。

かくいうわたしもその一人。

「未来はまだ」

前作から20年。レントンはエジンバラに帰ってきた。

あれからオランダで勤め口を得たものの、失職して出戻りせざるを得なくなったのだ。

そしてかつての悪友たち。

スパッドは未だにプータローで、サイモン(シックボーイ)は美人局でアウトローな暮らし。荒くれ者のベグビーは刑務所に入る始末。

みんな20年前と大して変わってない!クズのままだ!

冷静に考えれば、仲間を裏切り逃げ出して新しい生活を手に入れたレントンの行動は、“escape from life” ではあれど主体的な “choose life” とはとても言えなかった。

しかも再会したレントンとサイモンが盛り上がるのは昔話ばかり。

サイモンの彼女、東欧ガールのヴェロニカからも

「あなたたちは未来に進めていない」

とハッキリ言われてしまう。

ことほどさように、前作と真逆で『T2』は「暗い」

前作のテンションを期待して観た人たちはこう感じたはずだ。

「試されてる。。」

この脚本によって製作者たちは、どんな人を、どうやって、ふるいにかけようとしたのか?

それはベグビーの脱獄を境にどんどん明らかになっていく。

過去との訣別、本当の”Choose Life”

長い刑務所暮らしに耐え兼ねて、荒くれ者ベグビーは脱獄に成功。

折あしく、大金を持ち逃げしたレントンは街に戻っている。

それを知ったベグビーは復讐を果たすため、執拗にレントンを追跡し始める。

ここで『T2』のテーマが明らかにされた。

「過去に対してお前はどうケジメを付けるんだ?」

これがレントン達だけでなく、観客に突き付けられる命題だ。

今作におけるベグビーは”断ち切れない過去”という形而上の概念を擬人化した存在で、

『ノーカントリー』のシガー(=自然災害)

『イット・フォローズ』のIT(=逃れられない運命)

などと同じタイプの悪として描かれる。

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(ベグビーが不能なのも、子供=未来を作れない=過去そのものである事を表す設定)

レントンの「裏切り」「逃亡」だけでなく、当然「楽しい注射」も過去の一部。ベグビーがレントンだけでなく、過去に楽しい注射にハマっていたサイモンやスパッドまで襲撃するのはそのため。

「苦い記憶から逃れられないかつての仲間たちが再び集まり、真剣に過去と対峙する」

『T2』は『IT』『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』と同じ話なのだ。

『ミスティックリバー』『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』『完全犯罪クラブ』などもこの枠に近い。

前作と今作の決定的な違いとは?

『T2』は上記のテーマを押し出すために、前作と全く逆のアプローチを取っている。

重くのしかかるビートや、中盤以降でカットのペースをぐっと落とす編集。

いろいろあるが、前作の軽妙さと対立するもっと大きなポイントは以下の2点だ。

ストーリー:俳句か小説か

前作と同じテンションを期待して違和感を覚えた人は、恐らくこの点が大きいんじゃないか。

前作は「ストーリー」と呼べる骨子を持たず、印象的なエピソードの断片を一まとめにした、いわゆる串だんご方式の形式を取った。

また、各エピソードに対し、視覚効果や音楽などを含めた全ての演出。

両者が等価値、またはエピソードが演出に従属する関係にあったのが『トレインスポッティング』だ。

それが『T2』ではしっかり「ストーリー」している。

映画全体がの集まりでなく、一本の線として成り立っている。

前半の小きざみな編集や名シーンのセルフオマージュなど、既存ファンへの目くばせは確かにあるものの、すべての演出がテーマとストーリーを際立たせるために機能している。

(※ストーリーの体を成してるか否かは形式の違いってだけで、良し悪しとは関係ないです)

中でも顕著なのが撮影方法だ。

カメラワーク:客観的な視点が意味するもの

前作では奇抜なエピソードの数々と串ダンゴ方式により、観てるうちに自分までレントン達の仲間になった気がして、時にウキウキ、時にションボリさせられた。

製作者と登場人物、そして観客の三位一体が『トレインスポッティング』の最大の魅力だ。

ところが『T2』では、徹っっっ底的に登場人物を相対化し、突き放している。

それを最もよく表しているのが、徹頭徹尾「観察者」の視点で人物たちを捉えるカメラだ。

極端に遠くから豆つぶ大に人物を捉えるシーンが繰り返されたり、虫かというほど低い目線から見上げるローアングルが印象深い。

しかし登場人物と観客を意図的に隔てるための最たる要素は、つねに画面に映り込む遮蔽物の存在だ。

ざっと思い出せるだけでも

■バーカウンター

■窓ガラス

■弁護士が持つ書類

■テレビの裏側

■バスの後部座席

■階段の柵

■階段の段

■人物たちの肩

とても数えきれない。

カメラは対象物の手前に必ずこれらの遮蔽物を配置する。

そのため観客は、塀の上から目だけを出して人物を「覗き見る」ような気にさせられるのだ。

サイモンが「盗み撮り」で生計を立てる設定が冒頭で提示されるのは「この映画は客観的な視点で進みますよ」という暗示だろう。

そして深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらを覗き返している。

「レントン達はこうした」

「君は過去にオトシマエを付けられてるか?」

という問いかけを観客にぶつけてくる、それが『T2』だ。

90年代に心を置き忘れた自分にとってビシリ!と竹刀で打たれたような衝撃だった。

終盤の加速感

後半にかけて、表現主義的で濃厚な映像演出がどんどん顕著になっていく。

これは舞台が現実の街から「過去そのもの」にシフトしていくためだ。

未来のメタファーであるヴェロニカと、過去の亡霊ベグビーが直接対峙するシーンの色彩など、高揚感に背筋がゾワゾワしてきた。

そしてプールバー。つまりレントン達の過去を象徴する場所。

全員そこに集まりベグビーとの最終決戦に挑むのは、「現在 VS 過去」という儀式を行うためになくてはならない展開だった。

凄絶な戦いを終えたレントン達。彼らを未来へ導く手助けをしたヴェロニカ(未来)は役目を終えて祖国に帰る。

そして前作の冒頭シーンがフラッシュバックし、イギーポップの”Lust For Life”が鳴り響くなか、電車はこちら側に向かってくる

人はついつい過去の栄光に浸ったり、無思考におちいっては、未来を主体的に選んでいくことを忘れがちな生き物。

トレインスポッティングな日々に飲まれそうになった時はまたこの映画を観たい。

過去から未来、乗り換え駅は今、ここだ!

Choose Life!

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